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2009年12月10日

■ まったく勝てる気がしない 歴史上の女性戦士 TOP10

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現代では「肉食女子」などの言葉も生まれ、女性が強い時代になったと言われたりしていますが、いつの時代にも男達を押しのけ、歴史の表舞台に立ってしまうような強靱な女性たちがいました。

そんな、歴史上の女性戦士 TOP10です。

10.ゼノビア

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ゼノビアは3世紀に存在したパルミラ王国の「女王」と呼ばれた人物で「最も傑出した敬虔なる女王」と伝えられています。
エジプト、アナトリア、パレスチナ、レバノンなどを次々と支配下に置き領土を拡大。自らを「エジプトの女王」と称しましたが、ローマ帝国との戦争に負けローマに連行されました。
しかし、ローマでは高級な別荘を与えられ、社交界でも活躍する等、贅沢に暮らしたそうです。

ゼノビア - Wikipedia


9.カラミティ・ジェーン

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カラミティ・ジェーンはアメリカ西部開拓時代の女性ガンマンプロの斥候、その名も「平原の女王」と呼ばれています。
彼女は6人兄妹の長女として家族を養うためにどんな仕事でも引き受け、皿洗い、コック、ウエイトレス、踊り子、看護婦、牛飼いなどを経てプロの斥候となりました。
その後彼女は、いくつものインディアンとの戦闘に参加したり、当時流行した天然痘の患者を看病するなど、多くの活躍を見せました。

カラミティ・ジェーン - Wikipedia


8.セミラミス

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セミラミス
アッシリア帝国伝説上の女王で、伝説によれば、美貌英知を兼ね備えていたとも、贅沢好き好色でかつ残虐非道であったとも伝えられ、世界の七不思議の一つ、「バビロンの空中庭園」を造らせたといわれています。
彼女は62歳の時に毒殺されたとされ、これは伝説に残っている最古の毒殺事件と言われています。
彼女にまつわる伝説はヨーロッパで人気があり、彼女の名を冠した小惑星もあるそうです。

セミラミス - Wikipedia


7.婦好

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婦好(ふこう)は殷第23代王武丁の妻子の一人で、中国史に登場する最初の女性政治家、軍事家です。
周辺国家・部族に対し数多く兵を率いて出兵し、最も多いときには13,000もの軍勢を指揮していたそうです。

婦好 - Wikipedia


6.タマル

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タマル・バグラティオニバグラティオニ朝グルジア王国の女王。単独ではグルジア史上初めての女王でもあります。
グルジア王国の領土を拡大し、彼女の功績は多くの成功繁栄をもたらし、グルジア王国は最盛期を向かえました。

タマル (グルジア女王) - Wikipedia


5.アン・ベイリー

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アン・ベイリーはアメリカ独立戦争や北西インディアン戦争などで活躍し、またの名を”マッド”・アン・ベイリーと呼ばれました。
当時、戦争で活躍した女性達は、男に従って献身的に尽くした女性は賞賛され、徴兵の報奨金欲しさに入ってきたような女性は男達の侮蔑をうけました。彼女は後者であると判断され、軍を除隊させられ、罰金を科され2週間刑務所に入れられたそうです。

※調べたけど詳細についてはわかりませんでした。


4.ブーディカ

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ブーディカは、現在のイギリス、東ブリタンニアノーフォーク地域を治めていたケルト人イケニ族の女王で、夫プラスタグス王の死に乗じて王国を支配、ローマ帝国の侵略軍に対し、数多くの部族を纏め上げ大規模な反乱を起こしました。
ブーディカ軍は各地のローマ帝国植民地を次々に攻略し、ロンディニウム(現在のロンドン)を破壊ウェルラミウム(現在のセント・オールバンズ)にも攻め入り、数万人もの人々を殺戮しました。
ブーディカという名は、女王ヴィクトリアと同じ意味を有する名であり、イギリスの重要な文化的象徴として認知されています。


ブーディカ - Wikipedia


3.徴 姉妹

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徴 姉妹(ちょう しまい)は、1世紀に当時後漢の支配下にあったベトナムで起こった反乱を首謀した徴側(ちょうそく)と徴弐(ちょうに)の姉妹で、自ら女王として「徴王」を自称し宮廷を構えていました。
この反乱は後漢軍によって3年で鎮圧され、徴 姉妹は処刑されてしまいました。その後も徴 姉妹はベトナムの英雄として語り継がれ、「ベトナムのジャンヌ・ダルク」と呼ばれています。

徴姉妹 - Wikipedia


2.ジャンヌ・ダルク

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ジャンヌ・ダルク「オルレアンの乙女」とも呼ばれ、カトリック教会で聖人大天使ミカエルの声を聞き参加した百年戦争の際にオルレアン解放に貢献、シャルル7世をランスで戴冠させ、フランスの勝利に寄与したとされる、フランスの国民的英雄です。
コンピエーニュの戦いで捕虜となり、宗教裁判で異端者と断罪され、ルーアンで火刑に処され19歳でこの世を去りました。
その後彼女は、数多くの映画や小説、オペラなどの音楽作品で描かれ、今も世界中で愛されています。

ジャンヌ・ダルク - Wikipedia


1.巴御前

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巴御前は、平安時代末期の信濃国の武将・源義仲の愛妾とされる女性で、自らも信濃国の武将として活躍しました。
源平合戦で戦う大刀と強弓の女武者として描かれ、宇治川の戦いで敗れ落ち延びる義仲に従い、最後の七騎、五騎になっても討たれなかったと伝えられています。
義仲が「お前は女であるからどこへでも逃れて行け、自分は討ち死にする覚悟だから、最後に女を連れていたなどと言われるのはよろしくない」と言われるも逃げようとせず、再三言われたのち、「最後の奉公」と言って、現れた敵将を馬から引きずり落とし、首をねじ切って捨て、東へ向かい行方知れずとなったとされています。

巴御前 - Wikipedia


via:The Top 10 Warrior Women | SPIKE

yasai_0142 at 00:01コメント(6)トラックバック(0) この記事をクリップ! 画像 | まとめtwitterでつぶやく
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コメント一覧
1. Posted by 無農薬名無し産   2009年12月10日 00:31
巴御前ないだろうから書いてやろうと思いながら読みすすめて最後目を疑ったw
平家物語だかなんだかで出てきたときマジで強そうだった。
2. Posted by 無農薬名無し産   2009年12月10日 00:39
絵がかっこいい
3. Posted by 無農薬名無し産   2009年12月10日 01:34
まっさきに巴御前が浮かんだがねーだろーなと思ってたらまさかの1位。
女丈夫とはまさにだ。
4. Posted by 無農薬名無し産   2009年12月10日 02:34
ラクシュミーバーイーが思い浮かんだ
5. Posted by 無農薬名無し産   2009年12月10日 21:08
今ならメスゴリラとか、あだ名付くんだろうか?
6. Posted by 無農薬名無し産   2009年12月16日 21:32
ブーディカの紹介がひどい。

>夫プラスタグス王の死に乗じて王国を支配、

ってなってるけど、女王なのになぜ王国を支配しなおす必要があるのか。
wikipediaを誤読したようだけど、読み直してほしい
夫王の死に乗じて王国を蚕食し女王と王女たちを陵辱した
のはローマ帝国の侵略軍

ローマはばりばりの家父長制で(武力にならない女の権利が一部奴隷より低かったぐらい・・・)、
だから「女王が国を治め、女王の娘が次期王になる」というイケニの制度に理解を示さなかった。
王が死んで、後継王子がいないのならという理由でスコットランドを侵略したんだよ。
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